キャバクラのシャンパンとSubstackのいいねの話
虐待サバイバーのひん曲がった感性
Substackでいいねをもらった時
ふと気づいた
すみませんより ありがとうが先に来てる
自分でびっくりした
なんでびっくりしたのかを説明するには
キャバクラの話をします
夜の世界に嫌悪感がある方はそっと閉じてください
高校卒業して
とにかく地元から逃げたかった
東京に来た
歌舞伎町や六本木でスカウトされた
当時はスカウトがうじゃうじゃいた時代で
整形も今みたいに主流じゃなかったから
割と普通の子が入れた
かわいかったけどね、みんな
弱者商売してたわけじゃない
元気で明るいテキーラYEAH!な感じでやってた
ただシャンパンを入れてもらう時だけ
恐縮キャラになってた
お客さんに言われた
「いい子すぎると売れないよ」
実際大して売れてなかった
今思うと納得している
本指名のお客さんは なんか本当に優しい人が多かった
保護猫を引き取るような感じというか
夜の世界にあまりいなくて
キャバクラにお金使ったことないって人が多かった
席を離れた隙にシャンパンやボトルを頼んでくれる人もいた
気を遣ってくれてたんだと思う
でも素直にありがとうって受け取れなかった
ごめんね、ありがとうって感じで
どうしてもごめんが先だった
「ごめんじゃないでしょ、ありがとうでしょ!」
って言ってくれたあの時のお客さんたち元気かな
なんで気持ちを受け取れなかったのか
その時はあまりわかってなかった
毒親の愛情には必ず条件がついてた
言うことを聞いたら愛される
役に立ったら存在を許される
成果を出したら褒められる
母は優しかったけど、父が殴るから
とにかく調和を保つことに集中してた
気を抜いてもいい状態ではない環境だったし、
無条件に愛されたっていう覚えがない
だから無条件の優しさが怖かった
シャンパンを入れてもらうことへの罪悪感は お金の問題じゃなかった
こんな高価なもの入れてもらっていいのかという感覚だった
それが
Substackでいいねをもらった時
すみませんより ありがとうが先に来てた
何の見返りもない場所での優しさは 素直に受け取れた
対価が発生する場所での優しさは怖い
何も求めない場所での優しさは受け取れる
これが私の中での違いだったんだと思う
今でもはざまにいる
何か返さないといけないと思う自分と
見返りを求めない優しさもあるのかもと思う自分
でも すみませんよりありがとうが先に来た
心からはしゃげてる
変わってきてると思う


すごく読んでて引き込まれる記事でした!
私は昨日からサブスタ始めました!!
サラリーマンでは外資テック営業、個人では企業向けにSaaS開発やAI推進を進めております!
フォローさせて頂きました!高めあう場で入れたらいいとおもってます!
よろしくお願いします!